『だいじょうぶ』

               written by 古酒
 さよなら
         元気でね
 また会えるよ
         じゃあね
 いつか…また


 別れの言葉が交わされる中、私は静かに席を立つ


 泣いている人たち

 笑っている人たち

 いくつもの人の輪が出来ている

 この場所での最後の思い出が、今、綴られている


 私の視線の先にあの人がいる

 もう、二度と交わらない道を歩いているあの人がいる

 私が欲したその道を

 今、その道を歩いているのは…


 突然に視界がぼやける

 私は静かにその場を離れる

 笑い声が聞こえてくる

 その声を遠くに聞きながら、ゆっくりと廊下を歩いていく


 不意に誰かに呼び止められた気がする

 振り返ってみるけど誰もいない

 やわらかな日差しが差し込む廊下に、春の風に誘われた桜の花が舞っている

 ただそれだけだ


 靴をはきかえ、校舎を出る

 私の過去が、私の思い出が詰まった校舎

 一度だけ、そう、もう一度だけ振り返ってみる

 ここはもうおまえのいる場所ではないよ

 そう言っているかのように、校舎は静かに私を見おろしている


 私は外へと歩き出す

 早咲きの桜が咲き乱れる中、私はゆっくりと歩いていく


 突然一陣の風が吹き抜ける

 瞬間閉じた目を開くと、世界が桜色に染まっている

 心を奪われた私に、桜の花が語りかけてくる


    どうしたの、何を泣いているの

       あなたが一人だから? 本当にそうなの?

    違うでしょう

       さあ、泣くのはやめて、元気を出して

    ほら、ちゃんと前を見て


 風が吹き抜けた後には、いつもと変わらない風景が拡がっている

 いえ、いつもと変わらない、でも特別な風景がそこにある


 私を呼ぶ声がする

 あの人と私の大切な人たちが立っている

 私ゆっくりと走り出す、私を待つ人たちの元へ



     《今はまだ、素直に笑うことは出来ないかもしれない》

           《でも…でもきっと、もう》

             《私は大丈夫だよ》


              《お兄ちゃん》


               終…いえ、始


                 了

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