幸福の場所 #8

幸福の場所　#8　 <Tears>

　　　　　　　　　　　　　　　story by くだから

 今日、中間テストの結果が発表された。
 一週間の停学があったから、部活をひかえて勉強を頑張ったんだ。
 そのおかげか･･･ふっふっふ。
 とうとう俺は桜木、朝倉の二人を押さえ文系首位に立ったのだ。
 平均点で二人にそれぞれ１点ずつ勝っていた。
 上位３人の差はないようなもんだけど、初めてあの２人より点が良かったからね、
 嬉しいぞ。
 でも、気になる事があった。
 いつも５０位くらいにいる、さとみの名前がなかった。
 文系、理系に別れたから５０位までの名前がはりだされる。
 単純に考えれば、さとみは２５位くらいに居ていいはずだった。
 さとみは
「バイトが忙しかったから」
 そう答えて、個表を見せてくれた。
 順位は５１位。
「期末はちゃんと名前が出るようにしないとね」
 苦笑いしながら、彼女はそう言った。


 運動不足になる梅雨の季節が過ぎ、体育の授業が待ち遠しい７月。
 夏休みを目前に控えて、期末テストの日々がやってくる。

 テスト３日前の放課後、俺はさとみを探していた。
 彼女に頼まれていた問題が解けたから。
 教室に彼女は居ない。
 荷物もない。
 もう帰っちゃったみたいだ。
 そう思いつつ、最後にクラスの子に聞いてみる。
「黒川さん？さっき帰ったばっかだよ。追いかければ追いつくと思うけど」
「ありがと」
 別に急ぐ必要はないんだけど、折角問題が解けたんだし追いかけるか。
 速攻で帰り支度をして、自転車に乗って追いかける。
 ２分ほど自転車をこいだけど、彼女を見つけられなかった。
「しかたないか」
 自転車を止め、Ｙシャツをぱたつかせ風を送る。
 何気なく横を流れる川に目をやる。
「あれ？」
 川のすぐ前に座り込んでる女の子がいる。
 あの後ろ姿は･･･さとみ？
 自転車に鍵をかけ、階段を降りていく。

 夕日が正面からさとみを包み込んでいる。
 さとみはうずくまったまま、ゆっくりと流れる川を眺めていた。
「さとみ」
 俺は後ろから声をかけた。
 聞こえたのか聞こえなかったのか、さとみはこちらを向かずにいる。
「さとみ」
 俺もさとみにならい、横に座ってもう一度呼んでみた。
「和紫･･･」
 こちらを見ずに、正面を向いたままさとみは俺の名前を口にした。
 いつもならまっすぐに目を見て喋るのに。
 まあそれより、
「こんなとこで何してるんだ？」
「別に･･。和紫はなにしてんの？」
「俺はさとみに頼まれてた問題が解けて、さあ教えてやろうと思ったら居ないから。
  で山本さんに聞いたら、さとみが帰ったばっかだよって言うから探してたら･･･」
「そうなんだ」
「そうだよ。で、さとみは？」
「別に、何してるって訳じゃないよ」
 さとみはまるで、一人で喋ってるような感じだ。
 こんなさとみは初めてだ。
「何かあったのか？」
 鈍感な俺だけど様子が変な事くらいわかる。
 さとみは首を横に振って俺の質問に答えた。
 おせっかいかも知れないけど、このままほっとけない。
「悩み事があるのか？」
「･････････」
「勉強の事？」
 また首を振って答える。
「親とケンカしたとか？」
 同じく。
 それじゃあ、
「彼氏の事？」
 さとみは首を動かさなかった。
 悲しそうに、ただ川を眺めていた。
 それは多分、肯定。
 下唇を少し噛み目をわずかに細めているさとみの横顔は、夕日に照らされとても美
 しかった。
 でもそれ以上に、悲しみに彩られていた。
「そっか･･･」
 彼氏がいるって言ってたな、多分そいつの事で悩んでいるのだろう。
「振られたの？」
 思い切りストレートに聞いてみた。
 彼女は言葉を出さずに否定した。
 なら一つだけ確認したいな。
「その人の事、好き？」
「うん･･」
 初めて言葉で答えた。
 それだけに、その思いの程がわかる。
 ホントに好きな人がいるんだね。
 俺は立ち上がり、一回深呼吸した。
 こんなこと言う柄じゃないかも知れない。
 でも友達だから、俺を励ましてくれたさとみだから一言だけ言わせてね。
「さとみがその人を本当に好きなら、自分の気持ちに嘘をつく必要なんてないよ」
 出来る限りの優しい声で、俺は言った。
 そう、好きな人がいるなら思いっきり想いをぶつければいい。
 その想いを止める必要なんて何もない。
 誰かを好きになることはとても大事なこと。
 たとえ想いが届かず、その人の隣を一緒に歩く事が出来なくても、その想いは決し
 て無意味ではなかったはずだ。
 さとみは顔を伏せた。
「和紫、悪いけど一人にしてくれる？」
 震える声で、そう答えてくれた。
 俺が言えるのは今の言葉だけだった。
 幾百のなぐさめの言葉を言う事も出来たけど、そうはしたくなかった。
 もうあとはさとみが一人で決める事だ。
「ああ、わかった」
 彼女の悲しみが雫となって落ちる前に、俺は彼女から離れていった。
 俺の足元に伸びている彼女の影が･･･とても寂しそうだった。

 次の日、何事もなかった様に普段のさとみだった。
 ただ一言
「ありがとう」
 そう言っただけだ。
 俺も特に気を使わず、そのまま日々が過ぎていった。
 期末テストが終わり、俺達は夏休みを迎える。

 去年の夏休みはテニス三昧だったけど、今年はちょっと休まさせてもらおう。
 というのも、俺の妹が今年高校受験で俺が勉強をみる事になったから。
 一年以上実家に帰ってないし、まあ帰れるわけないけど、久しぶりに妹と過ごすの
 も悪くない。
 という事なんで、ひろ頑張って女の子と練習してね。

 ８月１日、俺は先負駅の改札にいた。
 先負町って電車一本で矢吹町に行けるので、住んでる人の数はかなりのもんだ。
 電車が止まる度に、人が波となって改札を通り抜ける。
 あの馬鹿、わざわざこんな混む時間を選びやがって。
 こんな人数から一人を探すのはなんかばかばかしいぞ。
 ･･･にしても遅いな。
 一時間前に矢吹町から電話あったから、この電車に乗ってきていいはずだが。
 まさか迷ったとか？
「ありうるな、あの馬鹿いずみなら」
 そんな事を呟いた時、
 ゴスッ
 突然背中に突きをくらった。
 驚き振り返ると、誰もいない。
 あれ？
 ゴスッ
 また背中に突きをくらった。
 今度は急いで振り返る。
 そこには右手の人差し指を突き出し、左手を腰にあててる女の子が居た。
「誰が馬鹿ですって、お兄様？」

 今日の晩ご飯を買い、まあコンビニの弁当だが、家に歩いていく。
 自転車をひいている俺の横にならんで、いずみが歩いている。
「和紫兄様、背が伸びたね」
「まあね、運動してるし。それに比べいずみは変わらないな」
 ゴスッ
 今度はボディに突きが入る。
「ゴホッ･･おまえなぁ、すぐ手が出る癖なんとかしろよ」
「ふん、和紫兄様が乙女の心に傷つける様な事言うのが悪いんですぅ」
「誰が乙女だ」
 ゴスッ
 ･･･妹と一年以上ぶりに会って、一時間もたたずに突きを４回くらった兄って俺ぐら
 いだろう。

「へぇー、これが和紫兄様が住んでる部屋なんだ」
 嬉しそうにはしゃいでる。
 ったく子供なんだから･･･ってなに物色してるんだ。
「いずみ、なに探してるんだ？」
「え、うん。Ｈな本」
 こいつは･･･
「いずみちゃんはとっても素直だねー」
「あーら和紫兄様、今更わかって？」
 答えながら物色やめない。
「こら」
 軽く頭をコン、と。
「てへへ･･」
 頭をさすりながら、笑ってる。
「さあ、ご飯食べてさっさと勉強を始めるぞ」
「えーーー！」
 うるさい。
「なんで今日から勉強を始めるのよ？久しぶりの兄妹の再会だって言うのに」
 まあ、予想通り。
「お前は勉強するために、わざわざここまで来たんだろ？」
「それはそうだけど･･。和紫兄様は私と会えて嬉しくないの？」
 やっぱそうくるよな。
「勿論嬉しいさ」
「えっ」
「だから明日、遊園地に行こうと思って。その分今日勉強しておかないと」
「遊園地！」
 目がきらきらと輝いている。
「わかった和紫兄様。勉強しよう」
 ふっふっふ、所詮兄の掌の上で踊ってるのだよ。

「和紫兄様、ここは？」
「えーとね･･･そこはｔｏ以下が主部でｉｔが仮主語だから･･･こうなるのかな」
「なるほど」

「この問題は？」
「数学か･･俺苦手なんだよな。いずみ得意じゃないっけ？」
「うん、得意だよ」
「仕方ないな、お前が帰るまでになんとかしとくよ」

「この写真の人、和紫兄様に似てない？」
「あー。全然似てないだろ」
「そうかな？」
「そんな事よりこれが誰かわかってるのか？」
「あはははは」
「あははじゃない」


「疲れたー」
 いずみが大きく背伸びする。
 まあ初日だし、こんだけやればいいかな？
「はい、お疲れ様でした。それじゃ明日に備えて寝るか」
「和紫兄様、私の荷物は？」
「ああ、今出すよ」
 押し入れから大きなダンボールを引っ張り出す。
 こいつはいずみが家に来る事が決まってから、すぐに送られてきたんだ。
「はいよ、それじゃあ３０分ほどぶらぶらしてくるから、それまでにシャワー浴びと
  けよ」
「はーい、わかりました」
 俺はウォークマン片手に、夜の散歩へと出て行った。

 俺もシャワーを浴びて、さて。
「いずみ、お前ベッドで寝ていいぞ」
「え、そうなの？久しぶりに和紫兄様と一緒に寝れると思ったのに」
 あのね。
「お前来年から高校生だろ」
「そうだよ、それがどうかしたの？」
 そう答えられると、こっちも困る。
「まあなんでもいいよ、俺はここで寝るから。おやすみ」
「変な和紫兄様･･･おやすみなさい」

 疲れていたのか、すぐに規則的な寝息が聞こえてきた。
 そして後を追う様に、俺の意識もすぐに暗闇へと吸い込まれていった。

 あれ？何か重いぞ。
 く、苦しい。
 体が動かない･･････ハッ
「あ、やっと目を覚ました」
「････」
「まだ寝ぼけてるの？」
 ドスン、ドスン。
「ゲホッ、ゲホッ。や、やめろ、いずみ」
 動きが止まった。
 俺はようやく状況を理解できた。
 いずみが俺のお腹の上に馬乗りになってるのだ。
「お前、朝からなにしてるんだ？」
「だって和紫兄様、なかなか起きないんだもん」
 いずみは頬をぷくーと膨らませている。
「もうちょっとまともに起こせ、馬鹿いずみ」
 ドスン、ドスン、ドスン･･･
「ゴホッ、俺が悪かった。起きるからもうやめてくれ」


 一日フリーパス券を２枚買い、１枚を手渡す。
「はいよ」
「サンキュ、いくらだった？」
「あ、別にいいよ。今日は俺のおごりだ」
「ホントに？」
「ああ、なんでもおごってやる」
「和紫兄様大好きっ！」
 嬉しいのはわかったから、腕を引っ張るな。

「きゃはははは」
 何故笑ってられるのか俺にはわからんが、ジェットコースターに乗っていずみは楽
 しそうに笑ってる。

「和紫兄様、ホラーハウス入ろうよ」
「嫌だ。お前一人で行ってこい」
「まだお化け恐いんだ？」
「お前よりは恐くないけどね」
 ゴスッ････

「ソフトクリーム食べたい」
「ああ、ちょっと休憩しようか。俺が買って来るから座って待ってろ」
「はーい」

 ガコン
「はっはっは、７-０の完封勝利だ」
「ふん、女の子相手に本気だしちゃって。たかがエアホッケーで」
「ふっ、負け惜しみを」
「･････」

 ブゥン
「あら、和紫兄様。周回遅れなのかしら」
 くっ、こいつ何故こんな車ゲー上手いんだ？
「次は手加減してあげましょうか？」
「･････」

「和紫兄様、観覧車乗ろうよ」
「ああ、いいよ」
 ふらふらといずみの後をついていく。
 なんで俺は遊園地に来ると、熱い勝負をしてしまうのだろう？

 観覧車には待たずに乗れた。
 俺といずみは向かいあって座った。
 ゆっくり、ゆっくり、上昇していく。
 ゆっくり、ゆっくり、俺の記憶が呼び起こされていく。

   ･･･男の子なんだから簡単には涙を見せないでね･･･

「どうしたの和紫兄様？ボーっとしちゃって」
「ああ･･････････いずみは好きな人がいる？」
 なんとなく聞いてみた。
「なにいきなり変な事聞くのよ？」
 いずみは驚いてる。
「いるの？」
 俺はもう一度聞いてみた。
「私は･･別にいないよ。和紫兄様はどうなの？」
「俺？今はいない」
 いずみの横に長い髪の女性を思い浮かべていた。
「でも、大好きだった人がいた。とっても好きだった人がいた」
 いずみは黙って聞いている。
「いつかきっと、いずみにもそう思える人が現れるよ」
 いずみは不思議そうに俺を見ていた。

 それから２週間が経った。
 どこでそうなったかわからないが、勉強が苦にならないのでたっぷりと勉強をみて
 やった。
 いずみもぶつぶつと文句を言いながら、しっかりと勉強した。
 成果の程はわからないけど、今日いずみは帰る。

「荷物は俺が後から送ってやるから」
「うん」
「それじゃ、軽くお昼を食べに行こう」
 俺はOTIMTIMにいずみを連れて行った。
 さとみの事がちょっと気にかかり今まで行かなかったけど、今日いずみが帰るので、
 まあいいだろう。
 カランコロン
「いらっしゃいませ」
 さとみの声が迎えてくれる。
「あら･･･彼女？」
 いずみを見て聞いてきた。
「はは、違うよ。妹だよ」
「妹なの！和紫って妹が居たんだ･･･。はじめまして、黒川 さとみっていいます」
「あ、こんにちは。篠原 いずみです」
「？」
 怪訝そうな表情をしてる。
 でも何も聞いてこない。
「和紫に似てなくて、かわいい妹さんね」
 そう笑って言ってくれた。


 時刻は午後１時。
 先負駅から、大体５時間くらいかかっていずみは帰る。
「それじゃあいずみ、向こうに帰ってもしっかり勉強するんだぞ」
「うん･･･」
「母様によろしくな」
「うん･･･」
 どうしたんだ？元気がないぞ。
「どうしたいずみ、体調でも悪いのか？」
 次の瞬間、いずみは俺の方に倒れた。
「いずみ？」
 いずみは俺の体によっかかる様になっている。
「おい、どうした！？」
 返事がない。
 いずみの両手はしっかりと俺のシャツを掴んでる。
 一体どうしたんだ？日射病か？
 そんな不安にかられた時、いずみが何か言ってるのが聞こえた。
「え、なんだ、どうしたんだ？」
 俺はいずみが何を言ってるのか聞き取ろうとした。
 そして、いずみは何かを言ってるのではなく、泣いている事に気付いた。
 なんだ？どうして突然泣きだしたんだ？
「いずみ･･･」
 戸惑いながらも、幼い頃そうした様に、俺は優しく頭をなでる。
 いずみは滅多な事では泣かなかったけど、泣いた時は母様にすがるより俺が慰める
 事の方が多かった。
 俺はあの頃と同じで、ただ泣き止むのを待っていた。
「和紫兄様、家を出てから一回も連絡してくれなかったら、だから今また離れちゃう
  と、もう会えなくなっちゃう気が突然して･･･」
 泣きながらだけど、いずみは俺の顔を見てそう言った。
 それで泣き出したのか。
 ･･･馬鹿だな、そんなわけないのに。
 でも･･･嬉しいよ。
 まるで昔に戻ったかの様な時間が通り過ぎていく。
 容姿も性格も環境もまるで変わってしまったけど、二人が兄妹である事は変わって
 なかった。

 いずみは徐々に落ち着いていった。
 俺はしゃがんで、いずみの涙を拭った。
「高校に合格したら、また遊びにおいで」
「･･････」
「その時はおっきなケーキでお祝いしてあげるから」
「ホントに？」
「ああ、お前の兄貴が嘘をついた事があったかい？」
「ううん、ない」
「そうだろ。だからいずみも頑張って勉強して、自分の行きたい高校に行くんだぞ」
「うん、わかった」
「よし」
 頭をポンとたたいた。
「それじゃあ顔を洗ってから電車に乗れよ。ひっどい顔だぞ」
「くすっ、和紫兄様の馬鹿･･･じゃあね」
「ああ、じゃあね」

 だんだん小さくなっていく妹の後ろ姿を見送りながら、兄として思われてた事がな
 んか心にくすぐったかった。

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